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ポケットモンスター

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このページでは、株式会社ポケモンから発売されているゲームシリーズやそのメディア展開などの総称および登場する架空の生物の名称のポケットモンスターについて解説しています。初代アニメポケットモンスターについてはポケットモンスター (アニメ)を参照してください。

ポケットモンスターポケモンPokémon)は、株式会社ポケモンから発売されているゲームシリーズやそのメディア展開などの総称および登場する架空の生物の名称。

概要

1996年2月27日に発売されたゲームボーイ専用ソフト『ポケットモンスター 赤・緑』以降、2014年現在まで続いているシリーズ作品群。原作者は、本シリーズを開発しているゲームフリークの代表取締役である田尻智。ゲームシリーズを題材として、アニメ・トレーディングカードゲーム・漫画など、数多くのメディアミックス作品が発売されており、日本のみならず世界中で人気を博している。

略称・通称は、「ポケモン」で、ゲーム作品やアニメ作品、株式会社ポケモンやゲームフリーク、任天堂などの公式サイドにおいても使用されているものである。漢字圏以外の海外においては、“Pokémon”の名称で統一されている。ゲームボーイアドバンス以降は日本においてもローマ字表記をする際にはそのように表記されるようになった。

『ポケットモンスター』シリーズ本編のみ(『赤・緑』から『X・Y』までの全23タイトル)の全世界販売本数は、2014年3月末の時点で1億8600万本以上であり、すべてのポケモン関連ゲームソフトの販売本数は累計2億6000万本以上[1]、カードゲームなどほかのメディア展開作品を総合した売上は、国内約1.9兆円、海外約2.3兆円、世界累計約4.2兆円に上る[2][1][3]

歴史

ゲーム作品の発売日一覧は「ゲーム年表」を、『ポケットモンスター』シリーズ全体に関する年表は「ポケモン史」を参照。

『ポケットモンスター』の本編シリーズが舞台にしている世界の歴史については、「ポケモン史#ゲーム内の世界での歴史概要」を参照。

前史

田尻智は1989年に「ゲームフリーク」を設立後、『クインティ』などさまざまなゲームを開発・発売していた。設立と同年の1989年、任天堂からゲームボーイが発売される。当初は携帯機の特性上、パズルゲームアクションゲームが多く展開された[4]が、同年12月、スクウェアから発売されたゲームボーイ初のロールプレイングゲームである『魔界塔士Sa・Ga』が、スクウェア初のミリオンセラーになる成功を収めたことを見て、田尻は携帯機でもアクションではない分野を追求できることに気付いた[5]。田尻は、同じく1989年の7月に発売された『MOTHER』に影響され、その開発に携わった中心人物である糸井重里に対し、「『MOTHER』が作りたい」と度々語っていたことがあり[6]、それらが後に『ポケットモンスター』となるゲームを制作するきっかけや動機となった。

その後、1990年、田尻は1989年に発売され大ヒットとなった『テトリス(ゲームボーイ版)』の成功要因のひとつである通信機能による対戦に目を付けた。田尻は「(通信)ケーブルを通していろいろなものが行き来する」というアイディアをつくり、それを知人である石原恒和が当時副社長を務めていた、クリエイター集団・エイプに企画書として持ち込んだ[7]。通信機能を用いて「ケーブルを通していろいろなものが行き来する」、つまり、「交換する」ことをコンセプトとした「カプセルモンスター」という名称の企画だった。

その企画は、同じくエイプに出入りしていた任天堂の川口孝司の目に留まり、彼は任天堂にその企画を持ち帰った。これにより、同年秋には任天堂から開発費の援助が出ることも決定した[7]が、商標上の問題から名称は「ポケットモンスター」に変更された。

開発

しかし、田尻はアイディアを出してから1年半ほどは任天堂に試作を持ち込んでいたが、途中からそれが途絶えるようになった[7]。当時ゲームフリークがロールプレイングゲームの開発経験が浅く、アイディアをゲームに上手に落とし込めなかったことや、コンセプトである「交換する」ことの動機を決めかねたこともあり、1991年末の納期を超過した。そこで、田尻およびゲームフリーク側は任天堂に対し「しばらく制作を延期させてほしい」という申し出を行い、3年近く開発が停滞することとなる[7]

プレイヤーたちが通信ケーブルを用いて「交換する」ためには、交換するに足り得る、プレイヤーに「欲しい」と思わせるものが必要だった。“ポケモン”という生き物はそういった需要から生まれる。キャラクターデザインを担当したアートディレクターの杉森建を中心として、スタッフ10名ほどがアイディアを出し合った。結果として、デザインしたポケモンは200を超える数となったが、容量の問題と、ゲームとして破綻しないほどの適切な数を入れるため、ポケモンの数は151種に落ち着いた[8]

ポケモンというキャラクターをつくり、そのポケモンの図鑑テキストを制作している際、ポケモンを「収集する」ことが面白いのではないか、という提案が為された。コンセプトの「交換する」点については、この「収集する」というコンセプトを設定することで解決を図った。ゲーム内にポケモンを「ポケモン図鑑」の完成という名目の下、「交換」をして「収集」しないと図鑑を完成させることができないという仕様を設ける(図鑑を完成させるには、最初にどれか一匹しかもらえないフシギダネヒトカゲゼニガメや、一方のソフトにしか登場しないガーディロコン通信交換を用いることで進化するゲンガーフーディンなど、通信で「交換」することが必須となる)ことで、「交換する」ことおよび「収集する」というコンセプトに意味を持たせた。また、これによりRPG然としていたゲームシステムが方向性を変えることともなった。

このようにふたつのコンセプトに意味を持たせることとなったが、そもそもそのために創り出したポケモンというキャラクター、もとい生物は一体なんなのか、という根本的な問いが発生した。RPG作品として、それまでの作品のように御多分に漏れず、主人公や捕まえたポケモンが戦うことにより、障害となる敵(野生ポケモンや他のポケモントレーナーなど)を倒していたが、さらに、この「収集する」要素だけではなく、その収集したポケモンを旅をすることで「育成」していくことも「収集」とともに作品の要素のひとつとし、その「育成」したモンスターを互いに「対戦」させることも遊びの要素として含めた。この「対戦」要素は「交換」以外の通信機能の活用方法となり(飽くまで要素のひとつであり主眼とされていなかったためかバランスが悪いなどの欠点もあったが)、1997年夏にはポケモンバトル大会が開催されるなど、「交換」とともに『ポケットモンスター』シリーズが人気となる要因のひとつとなった。

発売

その後、さまざまな試行錯誤の末、開発開始から6年の1996年2月、『ポケットモンスター 赤・緑』はついに発売された。初回出荷本数は約23万本、販売目標本数は100万本だった。「交換」をはじめとする「収集」や「育成」、「対戦」といったゲーム要素は、当時の小学生を中心として次第に支持を集めていき、また、発売直後から漫画トレーディングカードゲームアニメと幅広くメディアミックスを行ったこともあり、最終的に『赤・緑』は、国内だけで約822万本(赤が418万本、緑が404万本)を出荷[9]した。同1996年10月、『月刊コロコロコミック』など一部雑誌などで発売し、その後、1999年10月に一般でも発売された『』(出荷本数201万本[9])と、1998年9月、アニメ作品のストーリーを題材として、『赤・緑』のマイナーチェンジ版として発売された『ピカチュウ』(出荷本数316万本[9])も含めると、約1339万本を出荷、そのうち、1000万本以上は売り上げる大ヒットとなった。

発売以降

『ポケットモンスター』の成功は、コンシューマーゲーム市場そのものを一変させたとされる。特に、『赤・緑』が発売されたゲームボーイ市場は多大な影響を受けた。発売から7年が経過し、5,6年と言われるゲーム機市場の寿命[10]を超えていたゲームボーイ市場は衰退を始めていた。ゲームボーイはあまり売れなくなり、「ゲームボーイは終わった」とも言われていた[11]。しかし、『赤・緑』が発売されて以降、ゲームボーイはそれまで以上に市場が活発となり、再びゲームボーイが売れ始める事態となった。この流れを受け、『赤・緑』発売後、1996年7月にはゲームボーイポケットが、ゲームボーイ発売から10周年にあたる1998年1月にはゲームボーイの上位互換機として開発されたゲームボーイカラーの発売が予定され、同年4月にもゲームボーイポケットにバックライト機能を搭載し、少ない電池使用でプレイ時間を大幅に上げたゲームボーイライトの発売が予定されていた。アニメ作品でも、1997年11月には最大視聴率の18.6%(第33話)を記録した。この『ポケットモンスター』シリーズおよび関連市場に強い追い風が吹くなか、1997年12月16日、通称・ポケモンショックが発生する。

ポケモンショック

1997年12月16日、テレビ東京およびその系列局で放送されたアニメポケットモンスター第38話『でんのうせんしポリゴン』において、パカパカなどの激しい点滅を用いた演出により、子どもを中心とする一部の視聴者が体調不良(光過敏性発作)を訴え、病院に搬送される事態と発生した(ポケモンショックポリゴンショックと呼ばれる)。これにより、アニメ作品の放送はすべて休止となり、先に挙げたゲームボーイライトやゲームボーイカラー、アニメ作品の劇場版『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』や外伝ゲームソフト『ポケモンスナップ』の発売が延期される影響が出た。

ポケモンショック後、一時期『ポケットモンスター』シリーズに対してバッシングが為されたが、ポケモンショックが『ポケットモンスター』シリーズに限った話ではなくどのような作品においても発生し得た(ポケモンショック以前にも、同様の事件が小規模ながら発生していた)ことが理解され始めて以降は、バッシングなどは終息していった。

1998年3月の『ポケットピカチュウ』の発売を皮切りにして、『ポケットモンスター』シリーズは再び展開をはじめる。同年4月には、アニメ作品も放送を再開、同年7月に放映された『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲/ピカチュウのなつやすみ』は、配給収入48億円、観客動員数650万人を記録し、名実ともにシリーズは再起した。同年には、海外でもアニメ作品の放送が開始し、ゲーム作品も発売された。

ポケモンショック以降

ポケモンショック以降も『ポケットモンスター』シリーズに逆風が吹くことも多々あるが(「#批判・事件・問題など」を参照)、現在に至るまでその人気は衰えていない。これは、小学生を中心とした子どもをメインターゲットとし、新規市場を獲得し続けている上に、『赤・緑』発売時に小学生などの子どもであった、現在20代から30代の大人層からも支持されているからだという見方がある[12]

ゲームとしてのポケットモンスター

ゲームフリークが開発、株式会社ポケモンが発売、任天堂が販売を行うシリーズ作品。作品は、ロールプレイングゲーム(RPG)である「本編」シリーズと、家庭用ゲーム機向けに発売された「対戦」用ゲーム、本編シリーズで捕まえたポケモンの「保管」用ゲーム、それ以外の本編シリーズ以外のRPGやアドベンチャーゲーム、アクションゲームなどの「外伝」作品群などに大別される。「本編」シリーズは、1996年2月発売の『赤・緑』から2014年11月発売の『オメガルビー・アルファサファイア』までの25作品を指す。これに「対戦・補助系」および「外伝」作品なども含めると、作品数は80作品前後となる。

詳細は、「ポケットモンスターシリーズの一覧」の記事を参照。

メディアミックス

上述の通り、『ポケットモンスター』シリーズは1996年に第一作が発売されてから、アニメをはじめとして、映画、漫画、カードゲーム、小説等、幅広くメディア展開を行ってきている。以下、代表的なメディアミックスの媒体および作品について説明する。

漫画

ゲーム発売の翌日である1996年2月28日[13]から現在まで『月刊コロコロコミック』および『別冊コロコロコミック』において連載され続けている穴久保幸作の『ポケットモンスター』(通称:穴久保版)と、1997年4月から現在まで連載され続けている、シナリオ・日下秀憲、作画・山本サトシの『ポケットモンスターSPECIAL』(通称・略称:ポケスペ)の二作品が『ポケットモンスター』シリーズの代表的な漫画作品と言える。 上記以外にも、劇場版アニメ作品の漫画化作品や4コマ漫画など、多数存在する。

詳細は、「マンガ」の記事を参照。

カードゲーム

ポケモンカードゲーム」は、『ポケットモンスター』シリーズで行われるポケモンバトルを再現したトレーディングカードゲーム(TCG)。1996年10月に最初の商品が発売されてから現在まで商品展開が続いている。製造元は任天堂、開発元は株式会社ポケモン。 TCGとしては、日本においては初の本格的な国産品であり、日本におけるTCGの火付け役と言える。

アニメ

テレビ東京系列で放送されている作品で、第1話は1997年4月1日に放送された。同年12月16日に発生した、通称「ポケモンショック」により放送中止に追い込まれるも、翌年4月16日に放送が再開され、現在まで続いている長寿番組となっている。総監督は湯山邦彦。 原作のゲーム作品とは世界観を共有しつつも、主人公はサトシ、サトシの最初のポケモンは御三家ではなくピカチュウロケット団が毎回登場するなど、ゲームシリーズとは多少設定が変えられている。ただ、『ポケットモンスター』といえば「ピカチュウだと世間的に認知されているなど、ポケモンの知名度の上昇に大きく貢献している。

詳細は、「アニメポケットモンスター」の記事を参照。

1998年には、劇場版アニメ『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』が公開され、それ以降、毎年夏に作品が公開されており、どの作品も高い興行成績を上げている。

詳細は、「劇場版ポケットモンスター」の記事を参照。

ポケモンセンター・ポケモンストア

ゲームソフトやカードゲームをはじめとして、オリジナルグッズやサービス、キャンペーンと多角的に商品展開をしている、株式会社ポケモンが直営している店舗。1998年4月25日に東京都中央区に開店したポケモンセンタートウキョー(現在は、東京都港区に移転)をはじめとして、日本国内に8店舗(東京都港区・大阪府大阪市北区愛知県名古屋市中区福岡県福岡市博多区神奈川県横浜市西区北海道札幌市中央区宮城県仙台市青葉区千葉県船橋市)を展開している。

2013年には、「ポケモンカジュアルショップ」をコンセプトとした、ポケモンストアの展開を開始した。2014年現在、日本国内に4店舗(東京駅関西国際空港新千歳空港アミュプラザ鹿児島)を展開している。

詳細は、「ポケモンセンター」「ポケモンストア」の記事を参照。

テレビ番組

2002年10月から放送されていた「週刊ポケモン放送局」以降、番組名を変えながら断続的にテレビ東京系列で放送され続けているバラエティ番組。2014年現在、「ポケモンゲット☆TV」が放送されている。ゲーム本編や同じテレビ東京系列で放送されているアニメと連動して、それらと同時期に番組がリニューアルされるのが通例となっている。

2006年以降現在まで出演している中川翔子は番組の顔と言える。

関連項目:「週刊ポケモン放送局」、「ポケモン☆サンデー」、「ポケモンスマッシュ!」、「ポケモンゲット☆TV

その他

他にも、絵本や小説、文房具など幅広くメディア展開を行っている。

社会的影響

『ポケットモンスター』シリーズは、ゲームシリーズを含めメディアミックスなどで日本だけでなく世界的に広く知られるようになり、良くも悪くも日本社会や世界に影響を与えてきている。

評価・話題・活動など

  • 1998年、バンダイが0歳から9歳までの子どもを持つ親を対象に行ったアンケート調査で、「お子様の好きなキャラクターは?」との問いかけに『ポケットモンスター』シリーズは男女ともに1位(男児27.7%、女児27.4%)を獲得している。前年の1997年では男児5位にランクインしている(7.0%)だけであり、1997年から1998年の間に人気が急上昇していることが見て取れる[14]
  • 1998年に発売された『ピカチュウげんきでちゅう』のテレビコマーシャルに起用された綿引勝彦は、その後、『ポケットモンスター』シリーズのテレビコマーシャルに立て続けに出演したことで「ポケモンおじさん」と称された。
  • 1999年11月22日号の雑誌「TIME」国際版で『ポケットモンスター』が表紙を飾る[15]。表紙を飾っているポケモンは、ニョロゾを中心に、周囲を時計回りにリザードンミュウツーコダックピカチュウカメックスである。
  • 2004年、「日経キャラクターズ」で電通の渡辺哲也は、「アニメ番組の理想型は『ポケモン』」と述べている。
  • 2011年3月11日、東日本大震災により多くの人が被災した。株式会社ポケモンは「POKÉMON with YOU -ポケモンはいつもキミといっしょ-」という、主に被災で精神的苦痛を受けた子どもを対象とする被災地支援活動を行っている。活動内容として、「ポケモンセンター トウホク」では収益を支援のために活用したり、津波被害の大きかった岩手県・宮城県・福島県のいわゆる被災三県の沿岸部の仮設住宅を中心として遊び場の設置や劇場版ポケットモンスターの無料公開などを行ったりしている。また、インターネット上で「POKÉMON with YOU募金」と称した募金活動を行っている[16]
  • 2014年2月12日、東京工芸大学クールジャパンに関する調査を行う。その調査において、「クールジャパンだと思う《ゲーム作品》」について調査した結果、「ポケットモンスターシリーズ」が「ドラゴンクエストシリーズ(59.4%)」「スーパーマリオブラザーズシリーズ(59.3%)」「ファイナルファンタジーシリーズ(49.8%)」に続き、4位(48.1%)となった。年代別に見ると、10代と20代で1位を獲得している(10代56.4%、20代61.2%)。また、「“クールジャパンの象徴”だと思うキャラクター」については、「ドラえもん(55.6%)」「孫悟空 (ドラゴンボール)(38.3%)」「トトロ(37.5%)」に続き、「ピカチュウ」が37.4%を獲得し4位となった。こちらも、年代別で見ると、10代(44.4%)および20代(46.8%)からの支持を受けていることが分かった[17][18]
  • 2014年4月1日、Googleエイプリルフール企画として、「グーグルマップ ポケモンチャレンジ」をiOS/Androidのグーグルマップで開始した。世界各地のマップ上に生息しているポケモン(全150種)を見つけ、捕まえていくというもの。捕まえたポケモンは、ポケモン図鑑で確認することができる[19][20]
  • 2014年10月31日、任天堂の経営方針説明会および第2四半期決算説明会にて、岩田聡社長は社内で「スマブラ・ルビサファ同時代仮説」と呼ばれている考えを述べた。この考え方は、『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズの知名度を上げたとされる『大乱闘スマッシュブラザーズDX』(以下、スマブラDX)は2001年11月21日に発売されたが、そのちょうど一年後に『ポケットモンスター ルビー・サファイア』が発売されている。そのため、『スマブラDX』と『ルビー・サファイア』を同時期に遊んでいた人が多いと推測される。2014年10月現在、『大乱闘スマッシュブラザーズ for Nintendo 3DS』(以下、スマブラfor3DS)が好調に売れていることから、『スマブラfor3DS』購入層は『ポケットモンスター オメガルビー・アルファサファイア』も購入するのではないかとするものである。
  • 2014年11月下旬、発売された『ポケットモンスター オメガルビー・アルファサファイア』に登場したヌマクローのデザインが「シュールすぎる」などとして、発売後から話題となり、Twitter上で「ヌマクロークソコラグランプリ」と称してそのデザインをモチーフにコラージュ作品が多く投稿された[21]。その際、ヌマクローの画像にはゲーム画面の接写画像が用いられていたが、同年12月4日にポケットモンスター公式ツイッターが唐突に「紹介」という体裁でヌマクローの背景透過画像をツイート[22]し、「燃料投下」などとしてTwitterおよびインターネット上で話題となった[23][24]

批判・事件・問題など

詳しくは「ポケモンに対する批判と対応措置」や当該記事を参照。

  • 1997年12月16日、テレビ東京系で放送されたアニメ版第38話「でんのうせんしポリゴン」で、サトシのピカチュウによる10まんボルトの場面などの表現により700人以上の視聴者が体調不良を訴え、病院に搬送されるポケモンショックと呼ばれる事件が発生した。これにより、アニメ版は翌年4月まで放送を中止した。この事件により、この回は欠番扱いとなり「なかったもの」として扱われている。また、題材とされたポリゴンおよびその進化系であるポリゴン2ポリゴンZは事件以降にアニメ版で出演せず、他のメディアミックス作品および商品展開においても登場することは少ない。
  • 1998年夏の同人誌即売会「コミックマーケット」に女性がアニメポケットモンスターを題材とした同人誌を販売した。この件について、わいせつな内容の漫画が出ているという情報を受けた任天堂社員がその同人誌を購入し本社に報告。任天堂は部数が少ないものの子どもの夢を破壊する行為であり看過できないと判断し、1999年1月5日に任天堂およびゲームフリークとクリーチャーズが作者の女性を告訴した。同月13日に京都府警は女性を逮捕し、その翌日には新聞各社がこれを報道した。女性は略式起訴され罰金10万円の略式命令が下された。
  • 1999年11月、アメリカ合衆国でモンスターボールを模った玩具を誤って飲み込み、喉に詰まられて窒息死した。これにより子どもの親が"Pokémon kill"というサイトを立ち上げ、訴訟を起こした。これに対し、その玩具を回収する措置を行い、後にそのサイトは閉鎖された。
  • 2000年、アメリカ合衆国の評論家キャロル・ボストン・ウェザーフォードが、ルージュラの初期デザイン(黒い肌・分厚い唇)が黒人差別であるとして批判。これを受けて『ファイアレッド・リーフグリーン』以降、ルージュラのデザインが変更(黒い肌が紫色の肌になったなど)された。ただし、これは日本文化のひとつであったガングロをデフォルメしたものではないかという指摘もある。
  • 2000年12月、超能力者を名乗りスプーン曲げを行うパフォーマンスで有名なユリ・ゲラーが、ユンゲラーが自分のイメージを盗用された上、「悪役キャラクター」として扱われたものだとして任天堂を相手取り6000万ポンド(約101億円)の損害賠償を求める裁判をロサンゼルスの連邦地裁に起こした(ユリ・ゲラー裁判)。これに関して、「法廷で超能力によりスプーンを曲げるように求められたゲラーはそれができずに敗訴となった。」という話が広まったが、明確な出典はなく、単なる噂話と考えられる。これ以降、ポケモンカードゲームでは、ユンゲラーが登場しないシリーズがある。
  • 2001年、中東アジアのイスラム諸国で『ポケットモンスター』シリーズが反イスラム的であると指摘し、関連商品の販売制限などを行った。後にこれらの騒動は沈静化し、ポケモン関連商品の販売制限なども行われていない。
  • 2011年8月上旬、山口県宇部市の環境イメージキャラクター「エコハちゃん」の着ぐるみが、『ポケットモンスター』シリーズのピカチュウに類似しているとしてインターネット上で話題となり、後にマスコミでも報道された。同月5日に宇部市は株式会社ポケモンと協議し、着ぐるみの使用についてはその類似性の懸念および大きな反響を考慮して差し控えることとなった[25]。ただし、図案段階ではピカチュウには類似していないことから、イラストの活用は今後も行っていくことで合意している。株式会社ポケモンは、「これを機に良好な関係を築いて参りたいと存じます」とした[25]。実際、同年10月29日・30日に宇部市の宇部ときわ公園で開催された「エコフェア2011 in UBE」にピカチュウが来場している[26]
  • 2012年10月、国際動物愛護団体PETAが「ポケモンは動物虐待」「ポケモンを解放しよう」として、『ポケットモンスター』シリーズを批判する内容のFLASHゲームを公式ホームページに掲載した。タイトル画面では、鎖でつながれたピカチュウなど、虐待されたポケモンたちが描かれている。ゲーム内容は、ポケモンたちが“残酷なトレーナーたち”(そのゲームでは、アララギ博士チェレンサトシゲーチスなど)を、『ポケットモンスター』シリーズのバトルシステムを踏襲した方法で倒していくというものである。これに対し、インターネット上では公式設定の無視に対する批判や実在しない生き物を槍玉にすることへの呆れ、著作権侵害を指摘する声など、否定的な意見が多く寄せられた。このキャンペーンに対し、株式会社ポケモンの広報は、「ポケモンのテーマは人との共生、絆です。それが多くのファンの皆様に支持されてきた本質的なことですし、みなさんもそう理解していただいていると思っています」と回答している[27][28][29]
  • 2013年6月28日、任天堂は「『ポケットモンスター』シリーズをお楽しみ頂いている皆さまへお知らせ」と題した文書を発表し、株式会社ポケモンや任天堂に許諾を得ていないスマートフォン向けアプリが販売されていることを問題として指摘した[30]。当該アプリでは不正なポケモンのデータを作成することが可能で、そのデータを非公式のサーバを用いてゲームソフト内に送り込む機能を有していた。これに対し、任天堂はゲームを正しい遊び方で楽しむよう発表した。
  • 2013年8月21日、『ポケットモンスター ブラック2・ホワイト2』公式Wi-Fi大会「2013 Glovbal Shadown」参加者のうち、1558名が不正ポケモンを使用していたことが調査によって明らかとなった[31]。内訳は、当時小学生中学年以下のジュニアで68人、小学校高学年および中学生のシニアで335人、高校生以上のマスターで1155人となっており、年齢が高くなるほど不正を行っていることが判明した。特に、低年齢層の参加者の不正には両親が不正に関与している可能性が高いことも指摘され、そのマナー・モラルが問われた。
  • 2013年11月28日、第三者が対戦相手の行動を覗き見できるツールを開発し、Web上に公開した。このツールを用いることで、相手の行動だけでなく、手持ちの3匹やそのステータス、技構成などを知ることができるようになってしまった。これを受けて、ポケモン公式はレーティングモードのサービスを停止した。その後、『ポケットモンスター X・Y』のバージョンアップに伴い、レーティングモードのサービスも再開し、この際、このツールの対策もなされている。
  • 2013年12月25日、『ポケットモンスター X・Y』のサービス「ポケモンバンク」の配信が開始されたが、これによりWii Uおよびニンテンドー3DSのネットサービスにアクセスが集中し、接続エラーが発生する事態となった[32]。なお、ポケモンバンクは、約1か月後の翌2014年1月22日に配信が開始された。
  • 幻のポケモンなどの珍しいポケモンやアイテムを、主に劇場版前売り券などの商品と抱き合わせにして販売する手法がポケモン商法と称され批判されている。

変更・自粛・規制など

  • アニメポケットモンスターのいくつかの話で海外で放送される際に、暴力的であったり放送する地域に適さなかったりなどさまざまな理由で一部シーンや一話すべてがカットされている。
  • ポケモンショックにより、それ以前に発売・放送されたアニメやゲームで使用されている点滅表現が規制されている。
    • 任天堂が行っている、過去のゲーム機で発売されたゲームソフトを最新のゲーム機で遊ぶことのできるサービス・バーチャルコンソールで、一部のゲームにおいて使用されている点滅表現が削除、スロー化されている。

生物としてのポケットモンスター

発売されて以降、現在に至るまでさまざまな媒体において、生物としてのポケットモンスター、縮めて「ポケモン」は、「たくさんの謎を秘めた不思議な生き物」と紹介されている[33][34]、現実においては架空の生物。 現在、判明しているだけでも719種のポケモンが確認されている。これまで「発見」として公開されたポケモンで、絶滅が確認された(無かったことにされた)ポケモンはいない[35]。1つの種だが複数の形状があるアンノーンや環境によって姿を変えるミノムッチ、複数の模様を持つビビヨンなど、それらポケモンとしては1つの種だが更に細分化できるポケモンについても見ていった場合、ポケモンは800種を超える。ポケモンの正確な種の数については未知数とされている。

ポケモン研究史

18世紀後半にフランスの作家・タジリン伯爵が記述した詳細なデータとスケッチによる研究がポケモン研究の出発点とされており、このときには30種ほどのポケモンが発見された。この後、ヨーロッパ全土でポケモンに関する研究が始まり、日本においては19世紀末から研究が始まる。

日本ポケモン学の祖と言われるニシノモリ教授は、1899年に論文「ピカチュウ進化に関する一研究」を発表している。進化の存在を明らかにしたことにより、ニシノモリは世界的な評価を受けた。これ以降、日本がポケモン研究をリードしていくことになる。このときのポケモンの種類は80種[36]

1996年、現在ではポケモン研究の第一人者とされるオーキド博士の研究、調査により、(ミュウを除く『赤・緑』に登場する)150種のポケモンが見つかり、その生態や進化、嗜好が明らかにされた[36]。それ以降、現在までにさまざまな地方で新種のポケモンが発見され続けている。

関連リンク

関連項目

脚注

  1. 1.0 1.1 事業紹介|株式会社ポケモン 2014年11月01日閲覧。
  2. 石原恒和(2013年10月28日放送) NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 2013年11月15日閲覧。
  3. 【速報】『ポケットモンスター X・Y』は2013年10月12日(土)に世界同時発売!【Nintendo Direct@E3 2013】 - ファミ通.com 2014年3月31日閲覧。
  4. 実際、『赤・緑』が発売される1996年以前に発売されたゲーム作品でミリオンセラーとなっているものは、『テトリス』(1989年6月発売)や『ドクターマリオ』(1990年7月発売)などのパズルゲームや、『スーパーマリオランド』シリーズの3作品(各1989年4月、1992年10月、1994年1月発売)や『星のカービィ』シリーズの2作品(各1992年4月、1995年3月発売)などのアクションゲームがそのほとんどを占めている。
  5. スペシャル対談 ゲームフリーク 田尻智さん VS クリーチャーズ 石原恒和さん 対談 2014年5月21日閲覧。
  6. ほぼ日刊イトイ新聞 - 『MOTHER』の気持ち。 2014年5月22日閲覧。
  7. 7.0 7.1 7.2 7.3 ポケモン誕生秘話大公開!! 川口孝司さん(任天堂) 2014年5月22日閲覧。
  8. 開発スタッフインタビュー/ゲーム内容が決まるまで 2014年5月22日閲覧。
  9. 9.0 9.1 9.2 ポケモンの記憶 2014年5月21日閲覧。
  10. ゲーム業界.com 2014年5月21日閲覧。
  11. 2014年5月8日(木) 決算説明会|Nintendo 2014年5月8日閲覧。
  12. 妖怪ウォッチは第2のポケモンになれるのか? ゲーム業界ニュース All About 2014年5月16日閲覧。
  13. 最新版ポケモン年表~1996年~ 2014年5月21日閲覧。
  14. 1999年4月|アンケート結果|バンダイこどもアンケート|株式会社バンダイ 2013年11月23日閲覧。
  15. TIME Magazine Cover:Pokeman - Nov. 22, 1999 2014年3月12日閲覧。
  16. POKÉMON with YOUとは -ポケモンはいつもキミといっしょ- 2013年11月23日閲覧。
  17. クールジャパンなゲームは『ドラクエ』『マリオ』『FF』『ポケモン』 ―クールジャパンの認知率、4年間で倍増し6割へ|インサイド 2014年2月14日閲覧。
  18. 東京工芸大学「クールジャパンに関する調査 (2014)」 2014年2月14日閲覧。
  19. Google Japan - Google+ - 来たれ! 真のポケモンマスター 2014年4月1日閲覧。
  20. Google Maps: Pokémon Challenge - YouTube 2014年4月1日閲覧。
  21. おい、何があったんだよ ヌマクローのたたずまいに悲しみがこみあげる「ヌマクロークソコラグランプリ」が流行 - ねとらぼ 2014年12月4日閲覧。
  22. ポケモン公式ツイッター 2014年12月4日18:15の投稿同日18:25の投稿同日18:55の投稿
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  35. たとえば、ポケモンショックの際、タイトルおよびストーリーに深く関与したポリゴンや、ユリ・ゲラー裁判で問題とされたユンゲラーなどのこと。それぞれ、アニメ作品やカードゲームでの出演の自粛が為されてはいるものの、存在自体が否定されたわけではない。
  36. 36.0 36.1 『ポケットモンスター図鑑』